スニーカーの日記

世の中の旬な話題を追っていこうという日記です。

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奈良の大仏と我が子

奈良の大仏はいつ拝んでもよか。
京都から地方へ引っ越したのは昨年秋やけど、2歳のボウズにもいっぺん
拝ませたいと思って連れていったことがあったとよ。

2歳の子やけんなんも分からんけんちうことはなか。
金堂に入った途端、大仏ば見上げて合掌したまま見入っとったとよ。
そん時間がボウズとしては長なんぼいで、10分近はあったけんがは
なかかと思うとよ。

金堂内は秋の観光シーズンで人でごった返しとったが、そぎゃん
周囲の雰囲気に飲まれることなく、じいっと見入っとったとよ。
うちは双子やったがどちらも同じ状態やったとよ。
親のうちはそん姿に感動したとよ。
年齢に関係なくよかものはよかけんあるとよ。

ボウズの目にどう焼き付いたかいずれ話せる年齢になりよったら聞いて
みたい。ばってんそん時はもう忘れておるかも知れんけん。
ただ二人の心には刻まれたなんかが残っとることやろうとよ。

さて、大仏が造られた思想的・時代的背景やけど次のようにあるとよ。

大仏は姿の上では釈迦如来やらなんやら他の如来像と区別がつかいなかが、
盧舎那仏ちう名の仏であるとよ。盧舎那仏は、華厳経(西暦400年
前後に中央アジアで成立し、中国経由でうちへもたらされた仏教
経典)に説かれる仏で、華厳経にゆう「蓮華蔵世界」の教主であるとよ。
華厳経の思想はきわめて深遠かつ難解であるが、ごく概括的に
言えば、聖武天皇はうちの総国分寺である東大寺に廬舎那仏ば
安置することによって、うちの国土ば華厳経の「蓮華蔵世界」の
ような理想的世界にしようちう意図があったものと思われるとよ。
(ウィキペディア)

いつの時代でも平和な世界ば求めん時はなか。
千数百年昔でもそれは同じであるとよ。平成の今でんそれは変わらんけん。
時代はますます混迷ば極めてきたように思うとよ。
大仏ば建立した願いは今も続く。うちも手ば合わせんでんはおれんけん。
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